メンタルケア
心の病 基礎知識
【うつ病】
1. うつ病とは
近年、うつ病のCMがテレビでも流れるようになり、一般的にもうつ病への関心が高まっています。また、自殺者の増加が大きな問題になっていますが、その背景としてうつの存在が指摘されています。うつ病のおもな症状や特徴、最新の治療法、回復のプロセスなどについて解説していきます。
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うつ病とはどんな病気でしょうか?
誰でも、仕事で失敗したり、失恋したり、イヤなことが続いたりすると、気分が落ち込んだり、ゆううつになったりします。私たちは日常的にウツに陥ることがあるのです。では、こうした日常的なウツと、うつ病とはどこが違うのでしょうか?ひと言で言えば、うつ病のうつは、質・量ともに強いということです。つまり、普通のうつよりも、落ち込みの程度が強いために、苦しい状態が長く続いて、日常生活への影響もはるかに大きくなるのです。
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うつ病では、心身のエネルギーが停滞します
私たちは毎日色々なストレスを経験します。こうした状態が長く続いたり、多くのストレスが重なったりすると、エネルギーを使い果たし、疲労困憊してしまいます。その時、身体を守るためにいったん活動を停滞させる機能が働きます。これがうつ病の状態です。普通の人が感じるゆううつ感、おっくう感が、質・量ともに強く、長期にわたって続きます。こうしたうつの症状には、医学的な治療と休養が必要です。
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うつ病になりやすいタイプは、マジメな頑張り屋さん
- 勤勉で几帳面に仕事をこなす人
- 周りと衝突やマサツを避ける、温厚な人
- 過度に良心的、道徳的で、正義感や責任感が強い
うつになりやすい人は、もともとマジメな頑張り屋さんタイプ。人間関係にも気をつかうので、職場や家庭でとても重宝されます。また、困難にぶつかったとき、『頑張って乗り越える』タイプのため、いつ、どんなときも一所懸命に、カンペキに頑張ろうとしがちです。ときには能力や体力の限界を超えて、頑張ってしまいます。こうして無理を重ねた結果、エネルギーを使い果たし、うつ状態に陥ってしまいます。うつ状態で能率や集中力が落ちると、挽回しようと焦ってますます頑張り、うつを悪化させてしまう悪循環におちいることもあります。
2. 症状について
うつ病の症状は、気分の落ち込みなど感情の面だけでなく、意欲や考え方、行動、身体など、色々なところに表れます。
こうした症状の表れ方について、事例をあげて解説していきます。
気持ちの面では
- 気分が沈む
- 好きなことに関心がわかない
- 楽しかったことが楽しめない
- 自信がなくなる(何事にも弱気になる)
意欲の面では
- 何ごともおっくうになる
- 何かをしなくてはと焦る
身体の面では
- 寝つけない、途中で目が覚める、眠りすぎる
- 食欲が落ちる
- 食べてもおいしくない
- 全身がだるい
- 性的な興味がわかない
- 頭痛、肩こり、胸苦しさ
- 便秘、下痢
考え方の面では
- ささいなことを繰り返し考える
- 集中力が落ちる
- うっかりミスが多くなる
- ものごとをなかなか決められない
- 何事も悲観的に考える
行動の面では
- 部屋に閉じこもる
- 気持ちがあせり、じっとしていられない
- 自殺を試みる
事例
頑張りきれなくなったAさん【1】
会社員のAさん。40代男性。
マジメ頑張り屋の彼は、上司や同僚の評価も高く、得意先からも信頼されていた。
ところが、主任に抜擢され、新しいプロジェクトのリーダーとなって多忙な日々を送るうちに、心身の不調を感じるようになってきた。新しい仕事でトラブルが続いた後、『また失敗するのでは…?』という不安が頭を離れず、堂々めぐりしてしまう。
そのうちに眠りが浅くなり、朝方何度も目が覚めるようになってきた。身体が休まらず、だるさがぬけない。食欲も落ちてきた。職場では集中力が落ちて、仕事がはかどらない。家では妻や子どもの相手をするのが面倒になり、好きな音楽や映画でさえ、全然楽しめない。
これではいけない、頑張らなきゃ、と焦るものの、頭が鉛になったように全然働かないのだ。そのうち、自分は周りに迷惑をかけているのでは? 会社に必要とされていないのでは? …などと思うようになってきた。
ある時職場でちょっとした口論になり、Aさんは思わず『もう辞めます!』と口走ってしまった。心配した上司に促されて精神科を受診したAさんは、うつ病と診断された。
3. 治療の流れ
うつ病治療の基本は『休養』と『薬』です。
まずはゆっくり休養し、エネルギーの回復を図ること、薬を飲んでうつの症状を軽減することが必要です。
その後回復のペースを見ながら、環境調整や認知療法などの心理・社会面へのサポートを行っていきます。
事例
頑張りきれなくなったAさん【2】
主治医はAさんに、1か月の休養と薬物療法が必要と伝えた。
『1か月も休んだら仕事に穴が開く。会社にも得意先にも迷惑をかけてしまう』『自分の立場が危なくなる』と、かなり抵抗したAさんだったが、主治医から『このままでは参ってしまう。今はとにかく休みなさい』と強く説得され、しぶしぶ休暇をとることにした。
自宅にいると落ち着かず、『今頃会社の皆んなは…』と考えてしまう。しかし、とりあえず1か月は休養に徹しようと割り切った。
服薬を開始し、ゆっくり休めるようになってから、徐々に疲労感がとれ、気分的にも楽になってきた。キッチリ1か月後、Aさんは職場に戻ることを決めた。
主治医は軽減勤務を勧めたが、Aさんはこれ以上迷惑をかけられないと、断わった。
休養のしかた
- エネルギーがなくなっているので、まず休むことが必要!
- 『人生良い時もあれば、悪い時もある』。自然な流れに任せるのもひとつの手。
- 『せっかくの休みだから、今まで出来なかったことをしよう』は禁物。焦らず、欲張らず。
- 気になる仕事や家事はいったん棚上げに。治療スタッフや家族、同僚に任せて、受身になることも早く治るコツ。
薬物療法
- 薬物療法は、苦しみを軽減し、自殺という最悪の事態を避けるためにも不可欠!
- うつ状態は、脳内の神経伝達物質(セロトニン、ノルアドレナリン)の機能的欠乏が原因とされている。
坑うつ薬は、こうした伝達物質の機能を回復させる働きを持つ。 - 薬の作用の仕方は個人差が大きい。薬の効き方、副作用の出方については、そのつど主治医にきちんと伝える。
- 自己判断で服薬を止めない。ある程度服薬を続けないと、再発しやすくなる。
4. 回復のプロセス
落ち込みの始まりから、底の時期を経て、徐々に回復に向かうまでの流れについて、解説していきます。
うつ病のサラリーマンAさんのその後の経過も、あわせてご参照ください。
うつ状態からの回復のプロセス
1.落ち込み期
知らない間に疲労が蓄積していく。疲労が極限(疲れきった状態)に達するまで。
2.底期
疲労しきった状態。ほとんど活動は出来ず、ひどいときには寝たきり状態になる。
3.回復期
休養と薬により、徐々にエネルギーが回復していく時期。少しずつ動けるようになる。
4.リハビリ期
ある程度回復したが、揺り戻しの波があり、完全ではない状態が続く最も苦しい時期。
- 回復期は、よくなったり、悪くなったりの波を繰り返しながら、徐々によくなっていく。
- 疲労感や食欲、笑顔などは早めに回復するが、内面では不安が強く、行動を続ける根気もない。
- 全体が上がり調子のなかでの揺り戻しがあると、本人には一層悪くなったように感じられる。
- 周囲には良くなったように見えても、本人の実感とギャップがあり、プレッシャーになりやすい。
- リハビリ期には、行動できない、自信がないと自分を責め、悲観的な考えにとりつかれやすい。
事例
頑張りきれなくなったAさん【3】
主治医の軽減勤務の勧めを断わり、Aさんは1か月後に復職した。いざ仕事に戻ってみると、思っていた以上に疲れやすくなっていた。
調子の良い日もあるが、そういう時に頑張ると、後で疲れや落ち込みが襲ってくる。帰宅するとクタクタで何も手に付かない。周囲から『元気になったね!』と言われると、「元気じゃないのに、期待されても辛いなあ…」と負担に感じてしまう。
疲労感を引きずったまま、家と会社を往復しているうちに「このまま一生治らないんじゃないか?」「自分はお荷物だ。いっそいなくなった方がいいのかも」という考えにとりつかれるようになっていた。
主治医から、もう一度しっかり休養をとるよう勧められ、今度は納得して応じたAさんだった。
5. リハビリ期
揺り戻しの波が現れるこの時期、患者さんは不安を抱えながら過ごしています。
リハビリ期を上手に乗り切る工夫についてお伝えします。
事例
頑張りきれなくなったAさん【4】
焦りから職場復帰を急いだため、症状が再燃。もう一度、休養に専念することになった。
『もうあの辛い日々には戻りたくない…』。Aさんは、今度こそ職場のことは忘れて、しっかり休養するつもりだった。それでも、妻や子どもが出払った家の中で1人ぽつねんと過ごしていると、『また仕事に戻れるだろうか?』『お荷物になってるだけでは…?』と不安になり、後ろ向きな考えが堂々めぐりを始めてしまう。
主治医は診察と並行して、心理士の面接を受けることを勧めた。心理士は、Aさんの不安を受け止め、『この時期には良くなったり悪くなったりの波が繰り返されます。一直線に良くなるわけではないので、不安や心配が出てくるのは自然なこと。焦らないで、少しずつ出来ることを一緒に考えていきましょう』『まずリハビリのための生活メニューを作って、少しずつ試して行きませんか?』と提案した。
①毎日の生活リズムを整える ②日中はなるべく起きて過ごす ③疲れたら休みをとる ④不安な考えから距離をとる —この4つを踏まえた緩やかなプランを立て、図書館への外出、散歩、慣らしのためのPC操作と、段階的なリハビリに取り組むことになった。
生活の枠組みが決まってほっとする反面、思うようにいかないと、落ち込んでしまう日もあった。不安な考えに陥りそうな時は、力を抜いて深呼吸をしたり、距離を置いて、違う見方はないかを探すように心がけた。
心理士はAさんの生活ぶりを聴いて、波はあっても徐々に上向きになっていること、焦らずに今のメニューを続けてみるようにと伝えた。ゆっくりながらも前進していることを実感し、やっと自信が戻ってくるのを感じたAさんだった。
リハビリ期の過ごし方
リハビリ期では、睡眠、食事、疲労感などは以前より回復しているものの、まだまだ不安は強く、集中力や判断力も不十分。決められない、動けない、自信がない、生き甲斐がないと、悲観的な考えに陥ることも少なくありません。まずは毎日の生活リズムを整え、段階的に日中の活動を増やしていくこと、活動を通じて自信を取り戻していくことが必要です。多少の揺り戻しはあっても、焦らず、ゆったり構えることが大切。最近はうつ病のデイケアや、職場復帰プログラムを用意している施設も増えています。
6. 認知療法
うつ病のリハビリテーションに有効と言われている『認知療法』を取り上げます。うつ病の患者さんは、否定的・悲観的な見方や考え方に陥り、そこからなかなか抜け出せないといわれています。こうした傾向に気づきを促し、よりバランスのとれた見方が出来るように働きかけていくのが『認知療法』です。
『認知療法』について
Aさんの例では、家族の何気ない言葉を、自分への否定的な評価と捉えたことで、とても不安な気持ちになってしまいました。このように、うつ状態の時の患者さんは、否定的で悲観的な見方や考え方に陥ってしまう傾向があります。こうした傾向から抜け出せないと、不快な気分が続き、うつ状態をいっそう悪化させてしまいます。認知療法では、この悲観的な見方・考え方(=認知)に着目して働きかけを行います。不安を呼び起こす考え方について、客観的な根拠があるのかどうかを見直して、より現実に即した柔軟な考え方や、気持ちが楽になる考え方を挙げてみます。実際にその考え方を取り入れてみて、気分がどう変化したかもチェックします。こうした作業を患者さんと治療者が共同で行っていきます。
7. 復職に向けて
うつ病で休職する人が急増している昨今、仕事に復帰する前のステップとして、うつ病専門のデイケアや復職プログラムへの参加が望ましいといわれています。
今回は職場復帰のためのプログラムの概要を事例でご紹介します。
事例
頑張りきれなくなったAさん【5】
通院とカウンセリング、自宅でのリハビリで以前の調子を取り戻してきたAさんに、主治医は職場復帰のためのリワーク・プログラムへの参加を勧めた。
週に数日、定期的にデイケアに通い、体力や集中力、作業能力のアップを図りながら、症状のセルフチェックやストレス対処法も学び、復職に向けて準備していくという。確かに、前回の休職の後、コンディションが戻らないまま職場復帰し、あっという間に症状がぶり返すという苦い経験があった。「まずは職場に通うのに近い形で、オフィスワークや色々な人とのコミュニケーションに慣れておくことも大事」「同じ立場の仲間と出会えるのも励みになりますよ」という主治医の言葉に後押しされて、Aさんはプログラム参加を決めた。
いざ始めてみると、久々の通勤ラッシュに揉まれて不安になったり、毎日症状をチェックして、自分と向きあう作業が辛く思えることもあった。それでも、同じように復帰を目指す仲間と出会い、グループワークを通じてお互いの経験や不安を率直に話し合えたことは、大きな刺激になり、支えにもなった。職種も立場も様々なメンバーと語り合うなかで、其々の経験がうつとの付き合い方のヒントになることも度々あった。
『辛いのは自分だけじゃない』『皆んなが同じように回復に向けて頑張っている』と勇気づけられたAさんだった。やがて3か月のプログラムを終了し、Aさんは無事に職場復帰を果たすことができたのだった。
リワーク・プログラムについて
職場復帰のためのリワーク・プログラムを実施している機関は以下をご参考ください。
【参考文献】
- 野村総一郎『うつ病をなおす』講談社新書
- 下園壮太『うつからの脱出』日本評論社
- 京都府立精神保健福祉総合センター ホームページ
- 職場のうつ 新版 AERAムック 朝日新聞社